1.多くの社員に加入してもらうことの難しさ
選択制確定拠出年金で給与を減額して、減額分を掛金として積立すれば、給与の手取りが減ってしまいます。 また、原則として60歳までは年金資産を引き出すことができません。 また、若い人にとっては、遠い将来の老後の生活資金のことを、自分のこととして受け止めることが難しいです。 さらに、定年まで勤務する予定のない多くの方は、転職をするときに面倒ではないかと誤解し、選択制確定拠出年金に加入することを躊躇しがちです。
そのため、ただ機械的に手続きを進めて選択制確定拠出年金を導入しただけでは、ほとんどの社員が加入しないということになってしまいます。
多くの社員に選択制確定拠出年金に加入してもらうためには、なぜ給与の手取りを減らしてまで、原則として60歳までは引き出せない積立をする必要があるのかを、多くの社員に理解して頂く必要があります。
そのためには、社会保険料率の引上げや社会保険料の削減の必要性、公的年金の縮小と自主的な積立の必要性、選択制確定拠出年金の仕組みや注意点、掛金の運用の方法などを、何の基礎知識もない方でも理解できるように、短時間でわかりやすく説明しなければなりません。
また、あらゆる社員の質問に、わかりやすく回答して、社員の不安を取り除くことも必要です。 このような説明や質疑応答をするためには、確定拠出年金、社会保険、公的年金、給与計算、就業規則、積立投資、ライフプランニングなどの横断的な専門的知識が必要です。
「今の説明の仕方ではわかっていない人が多そうだな」というときには切り口を変えて説明したり、緊張した空気が流れているときには場を和ませる話題に切り替えたり、眠そうな人が多いときには質疑応答形式を取り入れたり、間を持たせて重要な箇所で集中させたりするなどのスキルも必要です。
退職金制度の有無、給与水準、職種、年齢構成、男女比率などの会社の状況を踏まえて、説明の内容を適宜変更することも必要です。
2.もっともわかりやすく説明をして加入率を上げることができるか?
以下の表は、企業規模100人の会社が、A社に選択制確定拠出年金の導入を依頼した場合と、B社に選択制確定拠出年金の導入を依頼した場合を比較したシミュレーションです。
A社に依頼した場合には100人中60人が加入し、B社に依頼した場合には100人中30人が加入したとします。
1人加入すると、会社負担の社会保険料などは、掛金の金額によりますが、3,000円から9,000円程度の削減ができるため、加入者1人当たりの会社負担の社会保険料などの削減額は5,000円とします。
A社の毎月のランニングコストの計算式は
10,000円+1,000円×加入者数とします。
他方、B社の毎月のランニングコストの計算式は
5,000円+500円×加入者数とします。
企業規模100人の会社が、A社に選択制確定拠出年金の導入を依頼した場合と、B社に選択制確定拠出年金の導入を依頼した場合を比較したシミュレーション
A社 | B社 | |
---|---|---|
加入者数 | 100人中60人が加入 | 100人中30人が加人 |
加入者1人当たりの会社負担の社会保険料などの削減額 | 5,000円 | 5,000円 |
毎月の会社負担の社会保険料などの削減額(甲) | 5,000円×60人=300,000円 | 5,000円×30人=150,000円 |
毎月のランニングコストの計算式 | 10,000円+1,000円×加入者数 | 5,000円+500円×加入者数 |
毎月のランニングコスト(乙) | 10,000円+1,000円×60人=70,000円 | 5,000円+500円×30人=20,000円 |
毎月の会社のメリット(甲-乙) | 300,000円-70,000円=230,000円 | 150,000円-20,000円=130,000円 |
A社ではなくB社に依頼したことによる1ヶ月間の会社の損失 | 230,000円-130,000円=100,000円 |
このシミュレーションから、たとえB社のランニングコストの単価がA社の半分であっても、加入率が半分であれば、A社ではなくB社に依頼することにより損失を被ることがわかります。
また、A社ではなくB社に依頼することで、A社に依頼していれば選択制確定拠出年金に加入していたであろう30人の方の老後の生活に大きな影響を与えてしまいます。
以下の表は、A社ではなくB社に依頼したことによる会社の損失を企業規模別、期間別にシミュレーションしたものです。
A社ではなくB社に依頼したことによる会社の損失(企業規模・期間別)
1ヶ月間 | 1年間 | 10年間 | 20年間 | |
---|---|---|---|---|
100人 | 100,000円 | 1,200,000円 | 12,000,000円 | 24,000,000円 |
250人 | 257,500円 | 3,090,000円 | 30,900,000円 | 61,800,000円 |
500人 | 520,000円 | 6,240,000円 | 62,400,000円 | 124,800,000円 |
1000人 | 1,045,000円 | 12,540,000円 | 125,400,000円 | 250,800,000円 |
このシミュレーションから、企業規模が大きくなるほど、また、期間が長くなるほど、A社ではなくB社に依頼したことによる会社の損失が大きくなることがわかります。
以上から、できるだけ多くの社員に選択制確定拠出年金に加入してもらうためには、もっともわかりやすく説明をして加入率を上げることができる会社に依頼することが必要です。
そのため、選択制確定拠出年金への特化(本業にしているか)、加入率の実績、社会保険労務士などの業務に関連する国家資格の有無、著書の内容などだけではなく、実際に説明を担当する講師と面談して、能力や熱意があるかを見極めることが必要です。
全員加入の企業型確定拠出年金と同じように、ただ機械的に手続きを進めて選択制確定拠出年金を導入した結果、予想以上に加入率が低く、選択制確定拠出年金の導入を提案した役員や社員の責任が問われる事態になったということがないようにしたいものです。